はじめに — 起業は「正解探し」ではなく「不正解の消去法」
起業家にとって最も残酷な真実がある。それは、最初のアイデアがそのまま成功することは、ほぼないということだ。統計的に見ても、成功したスタートアップの約70%が当初の事業計画から大きく方向転換している。いわゆる「ピボット」だ。
私自身、3回のピボットを経て、ようやく月商1億円を超えるビジネスモデルにたどり着いた。この記事では、その過程で何を考え、どう判断し、なぜ方向転換を決断したのかを赤裸々に語りたい。これから起業する人、あるいは今まさにピボットすべきか悩んでいる人の参考になれば幸いだ。
第1章:最初のアイデア — 飲食店向けSaaS
なぜ飲食店向けだったのか
2021年、私は大手コンサルティングファームを退職し、飲食店向けの予約管理SaaSを立ち上げた。理由は単純だった。友人が居酒屋を経営しており、予約管理がいまだに紙とExcelで行われている現状を目の当たりにしたからだ。
「これをデジタル化すれば絶対に売れる」と確信した。プロダクトの開発には約6ヶ月を費やした。予約管理、顧客データベース、売上分析ダッシュボード。機能は充実していた。デザインも洗練されていた。少なくとも、自分ではそう思っていた。
最初の壁 — 飲食店オーナーはITツールを使わない
ローンチ後3ヶ月で獲得できた有料顧客はわずか12店舗。月額9,800円のプランだったため、MRR(月間経常収益)は約12万円。サーバー代とエンジニア1名の人件費すら賄えない状況だった。
問題は明確だった。飲食店のオーナーの多くは50代以上で、新しいITツールの導入に強い抵抗感を持っていた。「今のやり方で困ってないから」という言葉を何十回と聞いた。機能の問題ではなく、市場そのものがプロダクトを求めていなかったのだ。
ピボットの判断基準
私がピボットを決断したのは、以下の3つの指標が揃ったときだった。
- 獲得コストの高さ:1店舗を獲得するのに平均15万円のマーケティングコストがかかっていた。LTV(顧客生涯価値)を考えても採算が合わない。
- チャーンレート(解約率):月次で約20%。3ヶ月後には半数以上が解約していた。
- ユーザーインタビューの結果:50店舗にインタビューした結果、「あったら便利だけど、なくても困らない」という回答が85%を占めた。
「なくても困らない」プロダクトは、どれだけ改善しても売れない。これが最初のピボットの教訓だった。
第2章:2回目のピボット — BtoB受発注プラットフォーム
飲食業界の「本当の痛み」に気づく
飲食店へのインタビューを重ねる中で、ある共通の不満が浮かび上がった。それは食材の仕入れだ。FAXや電話での発注が主流で、価格比較もできず、発注ミスも頻発している。この「痛み」は予約管理よりもはるかに深刻だった。
そこで、飲食店と食品卸売業者をつなぐBtoB受発注プラットフォームにピボットした。飲食店はスマホから簡単に発注でき、卸売業者は受注管理を一元化できる。両者にメリットがある二面市場(ツーサイドマーケット)モデルだ。
トラクションは得られた、しかし…
今度は反応が違った。ローンチ後6ヶ月で飲食店300店舗、卸売業者50社が登録。GMV(流通取引総額)は月間3,000万円に達した。手数料率3%で月間売上は約90万円。成長速度は悪くなかった。
しかし、致命的な問題が2つあった。
第一に、二面市場の維持コストが高すぎた。飲食店と卸売業者の両方にカスタマーサクセスを提供する必要があり、人件費が急膨張した。第二に、既存の商流(長年の取引関係)を変えることへの抵抗が強く、スケールするほど営業コストが増加した。
ユニットエコノミクスが破綻していた。GMVが10倍になっても、コスト構造が線形に増加するモデルでは、利益が出る見込みがなかった。
「このまま続けるか、やめるか」の苦悩
この時期が精神的に最もつらかった。トラクションはある。ユーザーも増えている。しかし、数字を冷静に分析すると、このモデルでは黒字化が極めて困難だった。
共同創業者とは毎晩議論した。「もう少し続ければブレークスルーがあるかもしれない」という希望的観測と、「損切りは早い方がいい」という合理的判断の間で揺れ続けた。
最終的に、あるVCのメンターからの一言が決め手になった。「君たちのプロダクトは良い。でも、ビジネスモデルがスケールしない。技術力を活かして、もっとマージンの高い領域に移れないか?」
第3章:3回目のピボット — 食品業界向けAI需要予測
データという資産に気づく
受発注プラットフォームを運営する中で、膨大な取引データが蓄積されていた。どの食材が、いつ、どれだけ発注されるか。季節変動、曜日変動、天候との相関。このデータは、食品業界にとって宝の山だった。
私たちはこのデータを活用し、食品卸売業者向けのAI需要予測サービスにピボットした。卸売業者が最も頭を悩ませていたのは「在庫管理」だ。食品は消費期限があるため、過剰在庫は廃棄損に直結する。逆に在庫不足は機会損失になる。
プロダクトマーケットフィット(PMF)の瞬間
AIモデルのプロトタイプを3社の卸売業者に試験導入したところ、廃棄率が平均35%削減された。金額にすると、1社あたり月間200万円以上のコスト削減だ。
この瞬間、プロダクトマーケットフィットを確信した。なぜなら、3社とも試験期間が終わる前に年間契約を申し出てきたからだ。「お願いだから使わせてくれ」と顧客から言われるプロダクト。これがPMFの本質だ。
月商1億円への道のり
AI需要予測サービスは、以下の特性を持っていた。
- 高い粗利率:ソフトウェアなのでグロスマージンは85%以上
- 低いチャーン:導入企業の解約率は年間3%以下。一度導入するとオペレーションに組み込まれるため、スイッチングコストが高い
- 拡張性:食品以外の業界(製造業、小売業)にも横展開可能
- ネットワーク効果:利用企業が増えるほどデータが蓄積され、予測精度が向上する
月額100万円〜500万円のエンタープライズ向け価格設定で、ピボットから18ヶ月後に月商1億円を突破した。現在は従業員80名、ARR(年間経常収益)15億円の企業に成長している。
第4章:3回のピボットから学んだ5つの教訓
教訓1:「欲しい」と「必要」は違う
最初の飲食店向けSaaSは、「あったら便利」止まりだった。人がお金を払うのは「ないと困る」ものだけだ。ペインの深さを測る最も簡単な方法は、「この問題を解決するために、今いくら払っていますか?」と聞くことだ。既にお金を使って解決しようとしている問題こそが、本物のペインだ。
教訓2:ユニットエコノミクスは初期から検証せよ
受発注プラットフォームでは、トラクションに目を奪われてユニットエコノミクスの検証を後回しにした。LTV/CAC比率は最低でも3倍以上、回収期間は12ヶ月以内。この基準を満たさないモデルは、スケールするほど赤字が拡大する。
教訓3:ピボットは「失敗」ではなく「学習」
3回のピボットは、一見すると3回の失敗に見える。しかし、実際には各フェーズで得た知識、データ、顧客関係が次のピボットの成功確率を高めていた。飲食店SaaSで業界を理解し、受発注プラットフォームでデータを蓄積し、そのデータがAIサービスの基盤になった。点と点がつながった瞬間だ。
教訓4:ピボットのタイミングは「3ヶ月ルール」
私は「3ヶ月ルール」を自分に課していた。全力で3ヶ月取り組んで、明確なトラクション(DAU成長率、売上成長率、NPS)が見られなければ、ピボットを検討する。ダラダラと続けることが最大のリスクだ。
教訓5:ピボットしても「軸」は残せ
3回のピボットすべてに共通しているのは、「食品業界」という軸だ。業界知識、人脈、データ。これらの資産が引き継がれたからこそ、ピボットのたびに成功確率が上がった。まったく違う業界に飛ぶのはピボットではなく、新規創業だ。
おわりに — ピボットする勇気を持て
起業家にとって、ピボットの決断は容易ではない。自分のアイデアへの愛着、チームへの責任、投資家への説明。様々なプレッシャーが「現状維持」に引き寄せる。
しかし、マーケットは起業家の感情に興味がない。数字が示す現実を受け入れ、学びを次に活かす。その繰り返しの先にしか、成功はない。
もしあなたが今、「このまま続けていいのか」と悩んでいるなら、それはピボットを考えるべきサインかもしれない。恐れるな。ピボットは終わりではなく、始まりだ。
次の記事では、実際に失敗を経験した起業家50人へのインタビューをお届けする。彼らが「もう一度やるなら変えること」とは何か。リアルな声を聞いてほしい。








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