はじめに — 華やかさの裏にある生々しい人間模様
スタートアップの資金調達が決まると、必ずと言っていいほど「お祝いの場」が設けられる。VCのパートナーが馴染みのレストランを予約し、業界関係者が集まる。六本木、麻布十番、西麻布。東京のスタートアップシーンの夜は、特定のエリアに凝縮されている。
表向きはネットワーキングと情報交換の場だが、そこで交わされるのはビジネスの話だけではない。欲望、野心、嫉妬、そして時に危うい誘惑。この記事では、筆者自身が見聞きした資金調達パーティーの裏側を、リアルに描写する。
なお、個人が特定されないよう、一部のディテールは変更している。
第1章:パーティーの「作法」
招待の序列
資金調達パーティーには暗黙の序列がある。まずリードVCのパートナーが最上座に座り、フォロー投資家がその周りを固める。創業者チームがホスト役を務め、招待ゲストは業界の有力者、先輩起業家、メディア関係者。そして、その外縁に「次の資金調達を狙っている」起業家たちがいる。
この外縁にいる起業家たちの目は真剣だ。彼らにとって、このパーティーはVCとの接点を作る貴重な機会。名刺交換の一つひとつが、次のラウンドの布石になる。乾杯の笑顔の裏で、緻密な計算が働いている。
会話の「相場観」
パーティーでの会話には独特のルールがある。最初の5分は軽い雑談。事業の話に入ったら、具体的な数字は出さずにトラクションを匂わせる。「おかげさまで前月比で倍増してまして」「大手との提携が動いてまして」。断言は避けつつ、期待感を持たせる。
VCのパートナーたちも、この会話のゲームを熟知している。「面白いね、今度ゆっくり聞かせてよ」は社交辞令。「来週、うちのオフィスに来てくれない?」が本命のサイン。この違いを読み解けるかどうかが、資金調達の成否を分ける。
第2章:酒が解くネクタイ
アルコールが変える力学
パーティーが進み、ワインが2本、3本と空いていくと、場の空気が変わる。建前が薄れ、本音が漏れ始める。
あるシリーズBの調達パーティーで、筆者はこんな場面を目撃した。酔ったVCのパートナーが、投資先のCEOに向かって「正直に言うと、君の事業に投資したのは事業そのものより、チームに賭けたんだ。ビジネスモデルは3回くらい変わると思ってる」と笑いながら言った。CEOの笑顔が一瞬引きつったのを、筆者は見逃さなかった。
酒の席での発言は、日本のビジネス文化では「なかったこと」にされがちだ。しかし、アルコールが引き出す本音は、しばしば重要な情報を含んでいる。あるベテラン起業家は「パーティーでは飲むふりをして、周りの本音を聞き出すのが最大の収穫」と語る。
深夜のバーに場所を移すと
一次会が終わり、タクシーで六本木の会員制バーに流れるのが定番コースだ。ここからが「本当のネットワーキング」が始まる。人数は10人以下に絞られ、テーブルの距離が近くなり、会話の密度が上がる。
ウイスキーのグラスを傾けながら、競合他社の内部事情、未公開の資金調達情報、人材の引き抜き計画。公の場では絶対に語られない情報が、深夜のバーでは驚くほど自然に飛び交う。
第3章:夜の社交場に漂う危うさ
出会いの磁場
スタートアップ業界のパーティーには、多様なバックグラウンドの人々が集まる。起業家、投資家、弁護士、会計士、PR担当者。そして近年、女性起業家やVCの女性パートナーの存在感が増している。
ある30代の女性起業家・Nさんは、パーティーでの経験をこう語る。
「資金調達の相談でVCのパーティーに招かれました。最初はまともなビジネスの話でしたが、2次会に移ると、あるパートナーが『もっとゆっくり話したいから、今度2人で食事しない?』と言ってきた。ビジネスの話なのか、それ以上なのか。その曖昧さが気持ち悪かった。でも、彼が次のラウンドのリード候補だったから、無碍にもできなかった。」
この種の「パワーダイナミクス」は、スタートアップ業界の暗部の一つだ。資金を出す側と求める側の権力の非対称性が、対等であるべき人間関係を歪める。
成功という名のフェロモン
心理学的に、「成功」「権力」「リスクテイク」は魅力の構成要素として機能する。パーティーの場で自信に満ちたピッチを披露する起業家の姿は、性別を問わず人を惹きつける。
ある男性VCはこう告白する。「投資先のイベントで出会った女性起業家に惹かれた。知的で、情熱的で、自分のビジョンに命を賭けている。日常で出会う人とは明らかに違うオーラがあった。妻がいるのに、彼女ともっと話したいと思ってしまった自分が怖かった。」
パーティーという非日常の空間、アルコール、高揚感。これらが重なると、普段は理性で抑えている感情の閾値が下がる。既婚者であろうと、その磁力から完全に逃れるのは難しい。
第4章:パーティーの裏で動く「本当のビジネス」
情報戦の最前線
パーティーの本質的な機能は、情報の非対称性を埋めることだ。公開情報だけでは見えない業界の力学が、対面の会話を通じて立体的に浮かび上がる。
たとえば、「あのSaaSスタートアップ、チャーンがやばいらしい」「某社のCTOが転職活動してる」「来月、大型のM&Aが発表される」。こうした情報は、投資判断や事業戦略に直接影響する。パーティーに行かない起業家は、この情報ネットワークから排除される。
「見られる」ことの価値
「あのパーティーにいた」ということ自体が、シグナリングとして機能する。有力VCのプライベートイベントに招待されていること、業界のキーパーソンと親しく話していること。これらは「この起業家は信頼できる」というメッセージを暗黙のうちに発信する。
逆に言えば、どのパーティーにも呼ばれない起業家は、業界内での信用が低いと見なされかねない。不公平だが、これがスタートアップエコシステムの現実だ。
第5章:パーティーの功罪
功:偶発的な出会いが事業を変える
否定的な側面ばかりを書いてきたが、パーティーの正の側面も大きい。ある起業家は、パーティーで偶然隣り合わせた人が、後に最も重要な事業パートナーになった。別の起業家は、VCのパートナーとの雑談がきっかけで、考えもしなかった事業ドメインに進出し、大成功を収めた。
計画された会議では生まれないセレンディピティが、パーティーには確かに存在する。それは、参加者全員がアルコールと高揚感によってガードを下げ、普段は見せない本音や直感を交換するからだ。
罪:閉鎖的なインナーサークル
一方で、パーティー文化は業界の閉鎖性を強化する側面もある。招待制のイベントは、既存のネットワークに入れない新規参入者にとって高い壁となる。特に地方の起業家、非テック業界の起業家、育児中で夜の外出が難しい起業家は、構造的に排除されやすい。
ダイバーシティ&インクルージョンが叫ばれる時代に、「六本木の深夜のバーで重要な意思決定がなされる」文化は、見直されるべき時期に来ているのかもしれない。
第6章:パーティーとの付き合い方
行くべきパーティーの見極め方
すべてのパーティーに参加する必要はない。むしろ、選別が重要だ。判断基準は3つ。
- 参加者の質:自分より先を行っている人が多いパーティーを選ぶ。自分がその場で最も成功している人なら、得られるものは少ない
- 主催者の信頼性:信頼できるVCや起業家が主催するイベントは、参加者の質も担保される
- 明確な目的:「何を得たいか」を決めてから参加する。漠然と行くと、酒を飲んで終わる
守るべきライン
パーティーでの振る舞いは、起業家の評判に直結する。酔った勢いでの失言、異性関係のトラブル、機密情報の漏洩。一度失った信用を取り戻すのは、資金を再調達するよりも難しい。
あるベテランVCのアドバイスが印象的だった。「スタートアップ業界は驚くほど狭い。今夜の振る舞いは、明日には業界の噂になる。酒は2杯まで。それ以上は水に切り替えろ。」
おわりに — 夜の六本木は戦場でもある
資金調達パーティーは、スタートアップエコシステムの重要な構成要素だ。情報交換、人脈構築、信頼の醸成。これらはビジネスの成否に直結する。
しかし同時に、そこは欲望と誘惑が渦巻く場でもある。金銭的な欲望、承認欲求、性的な魅力。これらが混在する空間で、冷静さを保つのは容易ではない。
パーティーを「使いこなす」のか、パーティーに「使われる」のか。その差が、起業家としてのキャリアだけでなく、人間としての品格を分ける。
次回は打って変わって、真面目な政策分析をお届けする。日本版SPAC解禁の可能性と、IPO市場改革がスタートアップに与える影響を深掘りする。








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