起業して3年、妻に「私と会社どっちが大事?」と言われた夜の話

はじめに — 誰も語らない起業の「本当のコスト」

起業家のサクセスストーリーには、常に華やかな数字が並ぶ。調達額、売上高、企業評価額。しかし、その裏側で支払われている「見えないコスト」について語られることは少ない。

その最たるものが、家庭の崩壊だ。

ある調査によると、起業家の離婚率は一般平均の約1.5倍。特にスタートアップのシード期からシリーズAの期間に離婚が集中する傾向がある。なぜ起業家は家庭を壊しやすいのか。その構造的な要因と、それでも両立を実現している起業家の工夫を、タブーなしで掘り下げる。

第1章:時間の蒸発 — 「仕事」という名の中毒

起業家の平均労働時間

日本の一般的なサラリーマンの年間労働時間は約1,800時間。一方、スタートアップCEOの労働時間は年間3,000時間を超えることも珍しくない。週70〜80時間労働が常態化し、土日も頭の中は事業のことで埋め尽くされる。

元SaaS起業家のKさん(43歳、離婚経験あり)はこう語る。

「家にはいるんです。物理的には。でも、ソファに座ってもずっとスマホでSlackを見ていた。妻が話しかけてきても『ちょっと待って、今これ返さないと』の連続。子供の運動会も、参加はしたけど午前中ずっと駐車場でZoomミーティングをしていました。いたけど、いなかった。それが正直な表現です。」

「在宅ワーク」の罠

コロナ以降、リモートワークが定着したことで、起業家の「在宅時間」は増えた。しかし皮肉なことに、これが逆効果になるケースが多い。妻や夫から見れば「家にいるのに仕事ばかり」という不満が募る。出勤している方が、むしろ「いない時間」として割り切れる分、ストレスが少ない場合もある。

物理的な在宅と、精神的な在宅は全く別物だ。スマホを触りながらの「ながら育児」は、子供にも見透かされる。3歳の娘に「パパ、お手手でピコピコしないで」と言われた時、Kさんは初めて事の深刻さに気づいたという。

第2章:感情の枯渇 — 仕事にエネルギーを使い果たす

「共感疲労」という現象

スタートアップのCEOは、毎日膨大な意思決定を迫られる。採用、資金繰り、クレーム対応、チーム内の人間関係の調整。これらすべてに感情労働が伴う。心理学でいう「決断疲れ(Decision Fatigue)」の状態が慢性化する。

その結果、家に帰った時には感情のエネルギーが枯渇している。パートナーの話に共感する余力がない。子供と遊ぶテンションが出ない。「疲れてるから」「今日は勘弁して」が口癖になる。

元EC起業家のLさん(38歳、離婚経験あり)の証言は生々しい。

「妻が仕事の愚痴を言ってきても、『それくらい自分で解決しろよ』と思ってしまう。俺は毎日もっとシビアな問題と戦ってるんだ、と。でも今思えば、妻は別に解決策を求めていたわけじゃない。ただ聞いてほしかっただけなんです。それすらできなかった。」

セックスレスの深層

起業家カップルの多くが直面するのが、性的な親密さの減少だ。これは単に「疲れている」という物理的な問題だけではない。感情的な距離が開くと、身体的な親密さも自然と失われていく。

性科学者の研究によると、セックスレスの最大の原因は「肉体的疲労」ではなく「感情的な断絶」だ。日中のコミュニケーションが業務連絡だけになり、パートナーを「人生の同志」ではなく「同居人」として認識するようになると、夜の営みは義務感に変わる。そして義務感のセックスは、やがて完全に消滅する。

Kさんの場合、セックスレスが1年以上続いた末に妻から「もう好きかどうか分からない」と告げられた。「経営の問題はデータを見れば解決の糸口が見えるけど、妻の感情には指標もKPIもない。どうしていいか本当に分からなかった」と振り返る。

第3章:魅惑と誘惑 — 「成功」が連れてくるリスク

VCパーティーの裏側

スタートアップのエコシステムには、独特の社交シーンがある。VC主催のパーティー、業界カンファレンスの懇親会、アクセラレーターのデモデイ後の打ち上げ。酒が入り、興奮が渦巻く空間では、人と人の距離が一気に縮まる。

「起業家」という肩書きは、特定の文脈では強力な魅力になる。ビジョンを語る姿、リスクを取る勇気、自信に満ちた態度。これらは異性を惹きつける要素でもある。

元フィンテック起業家のMさん(40歳、男性)は、匿名を条件にこう語った。

「資金調達が決まった夜、VCの紹介で行った六本木のバーで女性起業家と意気投合しました。事業の話で盛り上がり、気づいたら2人きりで朝まで飲んでいた。何もなかったけど、帰り道に『これは危ないな』と思った。家庭がうまくいっていない時ほど、こういう出会いが甘美に感じるんです。」

孤独が誘惑を増幅する

起業家は本質的に孤独な存在だ。最終的な意思決定は自分一人で下さなければならない。チームメンバーにも、投資家にも、完全には弱みを見せられない。

その孤独を理解してくれる人が現れた時、起業家は強烈に惹かれる。それが同業の起業家であれば、共感は一層深くなる。「妻(夫)は起業の苦しみを分かってくれないけど、この人は分かってくれる」——この感覚が、不倫への入口になることがある。

心理カウンセラーの佐藤氏は指摘する。「起業家の浮気は、性的な欲求よりも、感情的な承認欲求が引き金になるケースが多い。事業の話を本気で聞いてくれる、自分の苦悩を理解してくれる。その『理解されている感覚』が恋愛感情に変換されるのです。」

第4章:離婚が事業に与える破壊的影響

経済的ダメージ

離婚は起業家にとって、感情面だけでなく経済面でも深刻な影響を及ぼす。財産分与、養育費、弁護士費用。さらに、創業者が保有する株式が財産分与の対象になる場合、経営権にまで影響が及ぶ可能性がある。

実際に、離婚に伴う財産分与で自社株の一部を元配偶者に渡さざるを得なくなり、取締役会の構成が変わったケースも報告されている。VCにとっても、創業者の離婚はリスク要因として認識される。

精神的ダメージ

離婚の精神的ダメージは、事業のパフォーマンスに直結する。集中力の低下、判断力の鈍化、チームとのコミュニケーションの質の低下。Lさんは「離婚調停の最中は、会議に出ていても頭の3割は裁判所のことを考えていた。その時期に重要な提携交渉を進めてしまい、不利な条件で契約してしまった」と悔やむ。

第5章:両立を実現している起業家の共通点

ルール1:「聖域の時間」を死守する

事業と家庭を両立している起業家に共通しているのは、「これだけは絶対に仕事を入れない」という聖域の時間を設定していることだ。

あるCEOは「毎日19時〜21時は子供との時間。この2時間はSlackの通知をオフにして、スマホをリビングから追放する」というルールを創業時から守っている。チームにも公言しており、この時間帯の連絡は緊急時以外禁止としている。

ルール2:パートナーを「共同経営者」として扱う

事業の状況をパートナーと共有している起業家ほど、家庭が安定している。月に一度、事業の進捗、財務状況、リスクをパートナーに説明する「家庭版取締役会」を実施しているCEOもいる。

「妻に事業の話をすると、投資家とは違う視点でフィードバックがもらえる。それ以上に、情報を共有することで妻が安心する。不安の最大の原因は『何が起きているか分からない』ことだから」と、そのCEOは語る。

ルール3:身体的な親密さを意識的に維持する

セックスレスを防ぐために、意識的にスキンシップの時間を確保している起業家もいる。「週に一度は必ずデートの日を作る」「毎朝のハグを欠かさない」「寝る前のベッドでスマホを見ない」。些細なことに見えるが、感情的な断絶を防ぐ効果は大きい。

性科学の研究では、セックスの頻度よりも「日常的なスキンシップの質」の方が、カップルの満足度に強く相関することが示されている。手をつなぐ、肩を抱く、目を見て話す。こうした日常的な親密さが、夜の営みの土台になる。

ルール4:プロの助けを早期に求める

両立を実現している起業家は、問題が深刻化する前にカウンセリングを利用している。「事業でコンサルタントを雇うように、家庭でもプロの助けを借りる」という合理的な判断だ。日本ではカップルカウンセリングの認知度がまだ低いが、欧米のスタートアップ界隈では一般的なプラクティスだ。

おわりに — 事業の成功と家庭の幸福は二者択一ではない

起業は確かに家庭にストレスを与える。しかし、起業そのものが離婚の原因ではない。問題は、事業に没頭するあまり、パートナーとの関係性をメンテナンスする努力を怠ることだ。

事業と家庭は、どちらか一方を犠牲にすれば成り立つというトレードオフの関係ではない。むしろ、安定した家庭基盤があってこそ、起業家は最大のパフォーマンスを発揮できる。家庭は「コスト」ではなく「インフラ」だ。

もし今、パートナーとの関係に不安を感じているなら、それは事業のKPIと同じくらい重要なシグナルだ。今すぐスマホを置いて、目の前の人と向き合ってほしい。それが、最もROIの高い「投資」になるかもしれない。

次回は、さらに踏み込んで、資金調達パーティーの裏側に迫る。六本木の夜に交わされる欲望と野心の実態とは。